工事監理という仕事 その2

10月 24, 2020 施工, 雑感

(2)工事監理の法的な位置付け

建築士法において「工事監理」の定義がなされています。『「工事監理」とは、その者の責任において、工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおりに実施されているかを確認することをいう』となっています。

同じく建築士法において『「工事監理の業務執行」で、建築士は工事監理を行う場合において、工事が設計図書のとおりに実施されていないと認めるときは、直ちに、工事施工者に注意を与え、工事施工者がこれに従わないときは、その旨を建築主に報告しなければならない』となっています。

よって工事監理者は建築関連の法規においては建築主に報告するだけで直接の権限がないことになっています。では工事監理者は品質管理ができないのでしょうか。人は人から見られていないとなれば楽な方向へ流されることは、大方の人がその意見に納得いただけると思います。よって工事監理者が現場に出向いていく回数が多いほど品質が向上するのではないでしょうか。ただし、直接的な品質管理の責任は工事施工者にあることは一般的です。

設計事務所にも品質管理について問題があります。最近は工事監理に、あまり重きを置かず、設計のみに重点を置いた考えとなっているのではないかと思います。最近のデフレにより建築士の報酬は「建設省告示第1206号」(現在は平成21年に、現在の業務報酬基準(H21国土交通省告示第15号)に変更)を無視したダンピングによるダンピングにより設計に傾いた仕事になっているのではないかと思います。工事監理は、そこそこに設計で食べていけばよいという考えなのでしょうか。こうなれば工事監理に身が入らないのも、うなずけるというものでしょう。

ここでは個人又は小規模で士業を営んでいる方たちの収入を考えてみます。士業は資格を持った人が動かなければ収入を生み出さないシステム、人力に頼る商売であると思います。物を売る商売であれば販売ルートが確立されると本人が動かなくても収入は入ってきます。難関である国家資格の建築士(医師、弁護士、建築士と人間の生命財産を守る職業)という資格を取得しても大方の設計事務所は収入は低い状況です。24時間働いてもやりがいがなくなってきているのは、どの業種の仕事も同じだろうと思いますが、競争社会では仕方ないことです。しかし、人の生命財産を預かる仕事に、ご理解をいただければと思います。

話を元に戻します。建築の品質管理による欠陥において昨今の司法の考えは刑事事件ではなく、民事事件として法規が適用され民事裁判を切り口に建築法規の法違反に繋げていく裁判となっています。ですから今後の建築業界は建築法規のみを守ればよいという概念を捨て、当たり前である全ての法律を遵守する(コンプライアンス)精神を持たなければなりません。これは建築主自身が建築に注目し、適正な工事を求める意思を持たなければ工事監理者自身の存在が無いに等しいと言えます。建築主は人任せにせず専門家の助言により建築主自身が行動を起こさなければ意味を持たないことになります。一生に一度あるかないかの我が家の建築を建築主が主体となって参加する気構えが必要だと思います。

ここで、建築に関する裁判は最近増加しております。10年前まで(現在から12~3年前の10年前で22~3年前)は建築工事において近隣との関係に関する案件が多数を占めていたようですが、最近は建築の性能に関することが多いようです。建築業界を擁護するという訳ではないのですが建築業界はまだまだ建築以外の法規に疎く裁判に慣れていないので、その分建築主が我慢していたのだと思っています。裁判にかかわる裁判官や弁護士にも建築に不勉強な部分があるのも否めなく、判決が建築業界にいる人たちには?と思ってしまう判決があるようです。仕様書に謳われていても現場サイドでは、これは明らかに守れない状況もあり、設計者側がもっと現場を知ってほしいと思っています。紙の上ではどうとでも書けます。工事仕様書が全てではなく技術的見地から多少幅を持たせた表現にしてほしいと思っています。要は設計図書には、その現場独自の工事仕様としたものとし、仕様書そのまま使わないでほしいと思います。建築業界では暗黙の了解も建築主は契約書類が全てであり、第三者が見ても分かりやすい表現を心がけるべきだと思っています。

(次回に続く)

投稿者: サイト管理者